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2020-05-14

ほしのさとの庭空間と背景


 高橋が設計・監理をさせていただいた山口県下松市の「ほしのさとday service center」(詳細こちら)と「HUG GARDEN ほしのさと Kids」(詳細こちら)(企業主導型保育所)は同じ敷地内にあり、下記に示す配置図の様にプライベートな庭を共有しています。
 当設計事務所でのいままでの投稿では、それぞれの建物のみの紹介であり、要である「ほしのさと」の全体計画とその経緯について説明してこなかったため、改めて計画当時の流れと、計画の中心である庭空間に焦点をあてた記事を補足として投稿する事としました。

庭はこの二棟のためだけではなく、既存の特養やショートステイからも直接アクセスできる全ての「ほしのさと」利用者専用の庭として計画されました。この完全歩車分離の庭で利用者はリハビリや歩行訓練、散歩、野菜の栽培に加え、園庭としての子供の遊び場、被介護者との世代間交流の場所となっています。

◯計画の背景・流れ
 最大50人定員とできる規模であり木造としては大きめのデイサービスセンター設置や、その竣工後すぐに続けて工事がスタートした保育所の創設は、広大な敷地購入(計画前は既存特養までの敷地だった)も含めてクライアントにとって大きな決断であったのではないでしょうか。計画に大きな舵を切ったのはクライアントの福祉施設運営に対する危機感、老人福祉行政への問題意識からと理解しています。

◯厳しくなる介護施設運営
 少子高齢化が進み、介護施設や介護スタッフが益々必要になるなか、2年毎に改正される介護保険制度の流れは、国が増やす予算では必要額に追いつかず増え続ける被介護者一人あたりの予算の削減や、必要とされているはずの介護スタッフへの低い報酬の継続でした。その流れは補助費用が嵩む滞在型施設(特養など)から訪問や通所介護型の介護へとシフトしていき、地域に小さなデイサービスが乱立する事となったのです。どのデイサービスを利用するかの選択は被介護者であり、給料が低い(補助額が低いため)介護スタッフは新たな成りても少なく、介護スタッフ人数で定員が決まる老人福祉施設では介護スタッフの求人は一気に売り手市場になりました。つまり、認可・補助事業であるはず老人福祉事業は厳しい助成状況の中、地域の被介護者・介護スタッフの争奪戦になったのです。

◯生き残りのための変革
 それを早期に予見していたクライアントの戦略が、立地を活かして他の施設に真似の出来ない広大な庭を中心とした素晴らしい自然環境の介護空間を用意する事。そして事業所内保育所を備え、子育て中でも介護スタッフとして働きやすい労働環境とし優秀な介護職員の確保。さらにこれらの要素を有機的に組み合わせる事でその効果を何倍にもし、地域の有力な老人福祉施設として数年後も存在し続ける事であったかと思います。

 その効果は、事業所内保育の存在やその他様々なソフト的な調整も含めて、若く優秀な介護・保育所スタッフを集め、ほしのさとの介護品質向上(現にほしのさとのスタッフの平均年齢はかな若いそうです)させる事、に加え、庭を共有した保育所とデイサービスセンターの建物の配置関係を調整することで、自然な世代間交流の仕掛けを各所に散りばめ、園児と非介護者の交流を促し(多用な年代の大人との交流、非介護者の社会参加性の維持)双方に相乗的な好影響を及ぼす事です。そしてその実績をもって「ほしのさと」のブランド力向上を目指したのです。

全体計画の検討に私が建築の技術的アドバイザーという形で加わったのは2012年の末の頃であり、そこからデイサービスセンターの竣工(2017年)まで5年弱の時間がかかっています。当初はデイサービスセンターではなく、地域を巻きこんだ福祉施設を中心とした地域の公民館のようなコンプレックスの計画でした。(「創造的福祉社会:広井良典」で構想していた様なものを私はなんとなくイメージしていました)地域活動の拠点としてまだ介護の必要ない高齢者が日常的に集う場所をつくり、徐々に介護が必要となっても、ほしのさとを利用していれば、それまでの日常の継続しているように過ごす事が出来ます。


ほしのさとcomplex(unbuild)
計画詳細→こちら

◯さらに時代に翻弄される全体計画
ところが、2015年の介護保険法の改正は、今までの流れからの予想を遥かに上回る厳しいものとなり、それは地域社会のために奉仕する公民館の様な計画は施設運営上(経営上)許容できない環境へと様変わりさせました。
 この事でコンプレックスの計画は中止、当初の環境と介護品質向上、相乗効果という全体コンセプトを守りながら収益施設となる規模拡大したデイサービスセンターと介護品質向上のための施設という全体計画に変更されたのでした。


ほしのさとデイサービスセンター+介護訓練+スタッフラウンジ

ここに来て更に社会状況が動きました。世論の注目は老人福祉施設の逼迫した現状より、「保育園おちた日本◯ね」のつぶやきがニュースになる様な保育所不足であり、政府はそちらに予算を付け、内閣府が主導する企業主導型保育事業が始まる流れとなります。
このタイミングで、2階建のデイサービス(1F)兼、介護訓練+スタッフラウンジ(2F)の実施設計、工事業者の入札まで完了させていた計画がまたも大きな変更となり、企業主導型保育事業のため保育所を別棟計画として再度仕切り直し、ようやく現状の配置計画で決定となりました。


最終段階の配置検討模型(保育所プランは検討中のもの)


最終平面図

 デイサービスセンターと保育所が別棟となった事で良かったのは、共有庭を囲むように2棟が対面し、お互いちょうど良い距離感で気配を感じながら過ごせる環境をデザイン出来たことでした。

低く押さえた勾配屋根の建物とした事や、庭へと誘う広い軒下空間、景色の一部となる石州瓦の小さな園舎、デイサービスが見える窓の位置や、デイサービスから見える園児の動線など、全てのデザインが当初の全体計画で生まれた、施設の生き残りのための相乗効果を生み出すため選択となっています。

竣工後、2018年のとある建築賞の現地審査で、応募したのは保育所だけだったにも関わらず、審査員が最も評価したのは、建築的なディティールやデザインではなく、デイサービスセンターも含む共有の庭空間でした。この評価された部分はクライアントの当初から持っていた骨格部分のコンセプトであり、翻弄される状況の中で施主として守り通したものでした。結局、人を惹き付ける建築や空間の強さは、建築単体ではなく、時代背景や周囲環境、大きな社会状況から、何かを変えるため(又は守るため)に建築主の強い信念や覚悟を持って産み出されるものなのだなぁと感じたものです。

保育園の竣工で全体の建築計画が完成し施設が本格スタートしてから2年ほどが経ち、その後の様子はほしのさとの様々な発信や、時々現地にお邪魔して見せて頂くと、計画当初描いたイメージに近い風景が生まれ始めている様に思います。

今後さらに、共有庭は植栽が育ち畑が拡大されて、利用者や園児達が益々関係しあっていきいき過ごす風景が見られる施設となって行く事を期待しています。

長文を最後まで読んでいただきありがとうございました。

ほしのさとのHPはこちら

「ほしのさとday service center」の詳細はこちら

「HUG GARDEN ほしのさと Kids」の詳細こちら

建物写真:松村芳治
模型写真:高橋勝
ほしのさとの日常写真:ほしのさとFBより

掲載
新建築2020 7月号

 

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